愛をてんこ盛りにした いっちゃんの器

日曜日は、礼拝の日。3歳になるばかりの、もも組みさんも、中学生になるばかりの、大きい小学生も今日は、一緒に礼拝をして、いっちゃんという女の子のお話を聴きました。みんな、静かに、聴きました。自分にわかる分だけ、しっかり聴きました。素敵な瞳で聴いていました。

こんなお話です。

これは、何でしょう?(陶器を見せて)土で焼いた器だよね。

これは、落とすと割れてしまうように、もろくて弱いものです。

わたしたちも、神様が作ってくださった器なの。みんな、大切な神様の器なの。

この中にいっぱい、いろんなものを入れられます。

それでね、わたしの良く知っている、いっちゃんという女の子の話をします。いっちゃんは、生まれたときに泣かなかったの。お医者さんが、パンパンと赤ちゃんをたたいて、息をさせたんだって。いっちゃんは、土の器のように弱い体で生まれました。歩くようになると、よく転びました。いっちゃんが大きくなるにつれて、立ってられなくなり、自分では寝返りを打てなくなって、いつも家族の人に右や左に体位を変えてもらったの。いっちゃんは、だんだん筋力が衰えていく筋ジストロフィーという病気でした。でも、いつも、いっちゃんは、明るくてまわりの人をとても元気にしてくれるのです。

ある日、いっちゃんは、従妹のお姉さんに言いました。「おねえさん、わたしね、生まれたときに泣かなくて、お医者さんがたたいて、息をさせてくれたの。あー、よかった。わたし、生まれてこられて。だって、素敵な家族に会えたんだもん。」又、あるときは、こんなことも言いました。「わたし死にたいなー。」お姉さんは、「どうして?」と訊きました。いっちゃんは、答えます。「だって、天国にいったら、たくさん走ったり、あそんだりできるでしょ。走ってみたいなー。ねえ、おねえさん、一緒に死のうよ。」すると、おねえさんは、即座にその誘いを断ります。「いやだ、わたし、まだ死にたくないもん!それに、いっちゃんも、まだ生きていなくちゃ。」そして、いっちゃんも、「そうだよね。」と言うと、二人でけらけらと笑います。又、いっちゃんがこんなことをお兄さんにいったこともあります。「おにいちゃん、わたし、自殺しようかな。」するとおにいちゃんは、驚いた様子もなく、「そうか、自殺するなら、死なないように、やれよ。」いっちゃんも、「そうだね。」というと、又二人でけらけらと笑いあって、気持ちをさっぱりさせるのです。それで、いっちゃんも、悲しくなるお話をおしまいにしてしまいます。よく、いっちゃんと家族は、いっしょに讃美歌を歌います。お友達が、何してるの?と尋ねると、家族は、「いっちゃんのお葬式の練習をしているんだよ。」と答えることもあります。いっちゃんもです。誰もが、いっちゃんの家族の明るさに触れました。そして、こうやって、みんなが、愛するいっちゃんとお別れする日を心に準備していました。一日一日を大切に過ごしていました。いっちゃんが、どんなに、自由に身体を動かして、自分の思うままに生きてみたかったのか。そして、いっちゃんが、悲しみにめげずに大好きな家族と笑って過ごしていたのかがわかるでしょ。やがて、いっちゃんの心臓の筋肉も動かなくなる日がきました。お葬式には、300人の人が集まりました。いっちゃんの両親が知らない人もたくさん来ました。いっちゃんは、どこで、こんなにお友達をつくっていたのでしょう。いろいろな人が、いっちゃんの笑顔に励まされて、元気をもらっていたかを、両親に伝えました。いっちゃんの身体は、弱い弱い器でしたが、その器に、笑顔と愛をてんこ盛りにして、一生懸命生きた証でした。

わたしたちも、神様の器。弱いかもしれないけれど、神様からいただいた愛という宝を、この中に入れていきましょうね。

 
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