世界一弱虫な男の子の はなし

resultPICT0001_1.jpgわたしが、「ラチとライオン」(マレーク・ベロニカ文/福音館書店)の絵本に出会って、共感して読んでいたのは、息子が3歳のとき。彼は、とても弱虫になってしまい、幼稚園に行きたがらなくなった頃でした。幼稚園には、乱暴な男の子がいたりして、彼は、きっと臆病になっていたのでしょう。すっかり、自信をなくしている小さな息子に、主人公のラチを重ねて読みました。絵本の中のラチは、せかいじゅうで いちばん よわむし でした。犬もこわければ、暗闇もこわい。おまけに、ともだちさへ怖いとなれば、みんながラチをバカにして遊んでくれません。ラチは、こもって泣いてばかりで過ごします。ところが、ある朝、赤いライオンがラチのベッドの傍にいたのです。ライオンは、ラチを強いこどもにするために、やってきたのです。そして、二人で毎朝、体操を続けて、ラチはライオンのように強くなっていきました。ラチは、弱虫になりそうな時に、ライオンが一緒にいてくれることを思い出して、勇気をだして、犬の傍を通り抜け、暗闇の部屋からクレヨンを取りに行くこともできるようになりました。そして、ラチが本当に強い子に生まれ変わったことを証明する日がくるのです。自信を回復してきたラチが珍しく、友達のところへ出かけると、みんなが泣いているところに出くわします。乱暴者ののっぽくんに、ボールを取られたというのです。ラチは、「こわくないぞ。ぼくには、ライオンがついているんだから!」と自分に言い聞かせてのっぽを追いかけます。のっぽは自分をこわがらないこどもがでてきたので、びっくりして逃げますが、ラチは、のっぽを 追い詰めてボールを取り返してしまいます。ラチは、ライオンにお礼を言おうとおもって、ズボンの後ろポケットにをやると、なんと!ライオンがいないではありませんか!ライオンがついていなくても、ラチはすっかり強くなっていたのです。ライオンの置手紙には、もう、ぼくがいなくても だいじょうぶ。と書かれていました。ライオンは、また 弱虫のこどものところへ行って強いこどもにしてやるために、でかけてしまったのです。
ファンタジーの世界では、役割を終えた人物は、去っていくという鉄則みたいのがあります。ライオンも、まさにそう。ラチとライオンは、ぴったりくっついていたのですが、用がなくなれば、消えていくのです。いつまでも依存関係にない、というのが、センチメンタルでなくていいですね。ライオンの手紙の最後は、「ぼくを いつまでも わすれないでくれたまえ。 ぼくも、きみのことはわすれないよ。じゃ、さよなら。」です。なんとさわやかで、ラチの心の中に、ライオンが目に見えなくても違った形で住み続けているのが感じられます。この絵本の後ろ扉に、当時のわたしの書き込みも残っています。「いくら、外から自信をつけさせようとしてもダメ。自分の中から出てくるもの。 時が熟さないと。」
そうか、ラチとライオンの物語は、ラチの心の中の過程を描いているんですね。外からは、ラチの心の変化は容易に見えなものです。でも、時が熟すまでに、人の心の中には、こういったプロセスが動いているんです。それを信頼して、じっくり待ってあげることを語っているのが、「ラチとライオン」です。外から雑音のようにつべこべせっつくと、(つい、言ってしまいがち)そちらへの対応でこどもはすっかり疲れ果てて、プラスのエネルギーを使えなくなってしまうんですよね。もうそろそろ大丈夫、というところで、背中を押してやるタイミングは、さすが、ラチとライオン☆
ところで、今、ずくぼんじょ工房 で作っているライオンは、お母さん達が、たくさんの弱虫のこどもたちへ、プレゼントするために、せっせと作っているのでした。合わせて、「ここは、工房?」の記事を見てください。
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