2007年12月12日
みんなが、うれしくてうきうきする時こそ、一番さみしくて辛い。という人たちのことを思い起こしたいと願います。わたしが、時々、赴くベラルーシというロシアの隣の小さな国では、結婚式を終えたカップルが、戦争で亡くなった兵士たちのメモリアルに花束を捧げにいく習慣があり、そんな場面を目にします。人生は、幸せと悲しみの隣り合わせ。悲しみの方が大きいかも。だからこそ、今という幸せをたくさん受け入れて、過ごしたいものです。前回、ご紹介した「クリスマスボックス」に登場する老婦人も、悲しみの半生を送っていました。彼女の悲しみは、彼女だけのものだったのです。でも、老婦人の臨終の時に、悲しみの事実を知った若い夫婦は、彼女に心から寄り添うのです。老婦人が残してくれたメッセージ、それは、「幼い娘とのかけがえのない日々は今なのだ、」ということ。 それで、こんな詩を紹介します。 (M)
「4歳だったデイヴィッド」
クリスマスって つらい日なのです
貧しい母親たちには
物欲しそうな子供たちの眼差しは まるで刃のようで耐えがたいのです。
お店には おもちゃが溢れるばかりあって
みんなが買ってしまっても まだいっぱい。
でも母親のふところが 空っぽだったら
何も無いのとおなじこと。
わたしの財布に お金はたくさんあるけれど
わたしには おもちゃひとつも買えません
ただ買うのは 一枝のひいらぎだけ
わたしの坊やのお墓を飾るために。
(読み人知らず)
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