2008年06月19日
絵本の紹介では、レオ・レオーニーが続いています。今回は フレデリック
詩人のねずみの話です。
他のねずみの友達は、冬に備えて、食料を蓄えて働いています。でも、フレデリックだけは、じっと瞑想に耽るばかり。
「どうして、きみは働かないの?」
と少々、いらいらして聞いてくる友人たち。でも、フレデリックは、「こう見えても働いているよ。」って。ある日は、お日様の光を集めるフレデリック。ある日は、色を集めるフレデリック。又、ある日は、言葉を集めるフレデリック。そして
とうとう、本番の冬がやってきて食料も底をついてくると、みんなの心までが寒々してきます。そこで、フレデリックの出番となるのです。「目をつむってごらん。お日様をあげよう。」友人たちは、いわれるままにすると、金色の光を感じていきます。あれ?これは魔法だろうか?お次は、色彩。冬は灰色なのに、みんなの心にはフレデリックの集めた太陽の下で輝く鮮やかな色彩が思い起こされていくのです。いよいよ、最後は、フレデリックの集めた言葉による、詩が披露されました。ひもじく、貧しい冬の生活の中でも精神の豊かさが保障されていくのです。友人たちは、フレデリックの詩人である働きに拍手喝采!見えないものを感じ取れる感性の豊かさは、その人の人生を何倍にも豊かにしていくんですね。そして、単調なブルーにもなる日常生活のなかに、些細な喜びを見出せる人は幸せな人でもあります。
余談ですが、みなさんご存知ですか?アウシュビッツの強制収容所で生き延びた人の証言によると、夕焼けの美しさを美しいと感じて、ふと現実の過酷さを離れることのできる精神の持ち主だったり、監視の兵隊が演奏しているバイオリンの音色が、夕暮れの風に乗って聴こえてきた時、聴き入って、疲れきった自分の魂を慰めることのできた人が、同じ条件の中でも生き残っていかれたということ。なによりも、自分には愛する家族が待っている!と希望を失わなかった人が、一日一日を生き延びたことを。(ー夜と霧ーフランクル著 みすず書房 より)
それにしても、このねずみの友人たちも、たいしたものだと思いませんか?フレデリックに誘導されながら、ちゃんと太陽の暖かさを感じ取れたし、色彩を心の目でみることができたのですから。働きながらも、日々の景色を身体でうけとめていたんですね。
こども時代をこどもらしく遊びこんで、ちゃんと生きていることは大切です。早くから、こどもを大人の合理性の生活に押し込めることはありません。いくつになっても、こどもであり、詩人である自分をのこしておきたいものです。感性の豊かさや想像力という、遊びのある自分が、行き詰った自分を助けたり、周囲の人を笑わせ、励ましたりするものです。スイミーに並んで、この作品も、レオ・レオニーらしいと思いませんか?

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