2008年06月08日
じぶんは、さかな なのに、蛙のまねをした さかな のはなし です。たしかに、オタマジャクシは、こざかな と一緒に水草の間を泳いで仲良しだったのだから、自分のことを、魚だと思い込むでしょう。そう、はじめのうちはよかったのです。
ところが、時がたつうちに、オタマジャクシの足が生え、蛙になっていくのです。
「みろよ、ぼく かえるに なった!」と自慢する蛙の横で、「ばかな。・・・ゆうべは ぼくみないな こざかなだったのに もう かえるだなんて!」と反応して、ショックをかくせない、魚。二匹は、さんざん言い合った挙句、オタマジャクシの最後の一言。「かえるはかえる、さかなは さかな そういうことさ!」
そして、何週間かたつと、オタマジャクシには、小さな前足が生え、尻尾が小さくなって、本当のかえるになっていきます。つまり、かえるは、水からあがって岸に這い上がっていく日が来たのです。
さて、残された魚は、友達のことばかり考えています。そのうち、広い世の中を見てきた蛙が、水の中に飛び込んできて、今まで見たこともなかった陸地での生き物のことを話して聞かせます。魚は、自分も、見たことのない世の中に出たくてたまらず、尻尾の一振りで陸地にあがってしまいます。ところが、たいへん!魚の息はあえぎ、彼は、呻きます。そこを、友達の蛙が発見。無事、魚を水中に戻してやりました。
死に物狂いの冒険を犯した魚は、水に入ったとたんに息を吹き返し、自由自在に動ける、本当の自分の居場所を再確認するのです。魚の帰るべき居場所は、水の中であり、その世界の美しいことを、心から知ったのです。そして、魚は、友達の蛙に微笑みかけて、「君のいったとおりだよ。さかなはさかなさ。」と柔和に認める、というおはなし です。
作者のレオ・レオーニーは、絵本のテーマに、自分さがし、自分っていったい何者?ということを問い続けています。わたしたち、みんな、こうやって、自分をたしかめながら生きていますよね。

この記事へのトラックバックURL
ボットからトラックバックURLを保護しています

