幼い娘は世界をとめてわたしを待ってくれない。

こども時代は、とても短いもの。

みなさん、知っていらっしゃいますか?

 

敬愛幼稚園の北隣にある、キリスト教書籍や絵本を扱っている、「キリスト教センター」でこんな本を借りました。
「クリスマス・ボックス」(作 リチャード・P・エヴァンズ 講談社文庫)。

一番大切なものを見失いかけていた、若く仕事に忙しいお父さんが、ある老婦人との出会いの中で、それに気付く有様を描いています。この本の扉には、「幼い娘は世界を止めてわたしを待っていてくれない。」と書かれています。ほんとうに、仕事や家事、育児に追われる若い夫婦は、どれだけこどもを待たせてしまったか。「ちょっと待ってね。あとでね。」と。わたしは、中学生になったこどもに言われたことがありました。「もう、そのことは遅いよ。」こどもが訴えてきていたあの時、時間を共有してあげなかったのか、と後悔しました。そして、こども時代は、たちまち駆け抜けていってしまうことを知りました。本のなかでは、手遅れにならないようにと、同居している老婦人が、若い夫婦に伝えるのです。彼女は若い時に3歳の娘を亡くしていました。喪失感と共に生きてきた彼女が嘆きの魂をもって、いつしか若い父親に働きかけていたようです。一番大切なことを。しかもクリスマスボックス、という彼女の貴重な所持品を介して。どうぞ、読んでみてください。1時間もあればすぐ読めます。

 

少子化に、教育熱が拍車をかけて、幼い子どもに毎日、お稽古事のスケジュールで日々をこなす親子。仕事優先が、子育てを母親に任せることのすべての言い訳になれる日本の社会。たしかに、親は、こどもの将来のため、と焦るけれど、こどもは、今を生きている人たち。日々、今の幸せを積み上げて成長していく人たちなのです。今を切り捨てて、こども時代をやせ細った簡単なもので仕上げようとしていないでしょうか?

そんな社会の傾向になって、「クリスマスボックス」の作者は、この物語はもう古びてしまったのか?と問いかけています。けれど、今こそこのメッセージが必要なのです。宝は、隠されていることが多いから。そして、やはり手渡す人が必要です。若い夫婦に老婦人がしたように。

 

案外、大事なことは、足元にころがっているかも。いつも新鮮な驚きや興味を伝えてくれているこどものペースにはまってみるのが、楽な子育てかもしれません。「見て、見て!」という誘いに共感したり、(ちょっと、手を休めてやればいいこと。)家の周りの自然の中を散歩したり。どうでしょう。

 

幼稚園では、たいしたもの。毎日、先生とこども達で、その連続。どろんこ。お絵描き。水遊び。家で、出来ない分はここで発散してくださいね。そして、家庭では、クリスマスはこどもと飾りつけをしたり、一緒にクッキーを食べたり、ほんの少し、楽しいことを加えるだけで、こどもにとっても、クリスマスが、幸せな時間として心に残っていくでしょう。夫は、妻を抱きしめると、そのこどもは心からの安心を得ます。ほんのちょっと手を加えるだけいいのですから。


 
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