「ロッタちゃんとじてんしゃ」リンドグレーン作/は、自分の一人前の自転車がほしくてしかたない、ちいさな女の子のはなし。まだ、小さいロッタには、ヨナス兄ちゃんやマリヤねえちゃんのような自転車がないのです。そこで、暴挙にでるロッタ。知り合いのおばさんの自転車を盗んで、乗り回し、ころんで膝を擦りむきます。でも、自分の気持ちをありのままに表すロッタに、おとうさんがちゃんと誕生日プレゼントの新しい自転車をもってきました。どこの国でも、自分の自転車がほしい!という小さい子どもの願いは一緒ですね。
自我が芽生えて手に負えなく、それでも、かわいい、かわいいロッタです。


2月生まれのお友達、みんなから祝福をうけまーす。主役のこどもたちの目線は、後ろで見ている自分のおかあさんに向けられています。手を振ったりもします。当然ですよね。幼いこどもにとっては、母親は自分の世界の大部分を占めるのですから。今日、招かれたお母さんは、自分のこどもの物語をみんなにお話してくれます。とっても素敵な時間です。いつも甘えん坊なのに、飛行機に乗って旅行したときは、抱っこもいわず、ママの荷物を持って頑張ってくれたこと。
陣痛が始った夜、パパの帰宅を待って、毛布を押入れから引っ張り出して、ママをしっかり守ってくれたこと。幼稚園に入園してまだ間がないので、泣き声ばかりだけれど、家では、本当はハスキーボイスでおしゃべりすること。この大好きな幼稚園で、これからもたのしく過ごして育ってほしいこと、などなど。
生まれてきてくれて、ありがとう!とママたちの気持ちが伝わります。なによりも、当の本人がその言葉を聴く時間なんですね。
こどもたちがお母さんを描いてくれました。似てるかな?



「やぎと少年」(岩波書店/I.Bシンガー作)は、オホーツクの流氷の町でヤギを飼っていた自分のことを思い出させます。わたしが、4人目の出産を控え、大きいお腹で自分ひとりを支えるのもやっとのこと。半年以上の長い灰色の冬の長さは本当にしんどいものです。そのうえ、吹雪の朝も、やぎに干草をやりに、庭にでなくてはならないので、泣きたい気持ちでした。春には子やぎだったときの可愛らしさは一時のこと。あっという間にひげが生え、しわがれ声で鳴くようになっていたのは、その冬のことです。新しい生命を迎える出産を、幼いこどもたちと夫と乗り越え、鍛えられ、楽しさもいっぱいつまった北国の子育ての生活でした。だから、やぎに加えて吹雪のシチュエーションで語るこの物語は、その素朴な生活もろとも、臭いまでが詰まって、手に取るようにわたしに語りかける物語なんです。こんな話です。貧しい家族にとって、少年は、最愛のやぎを市に出すためにやぎを引っ張って家を出ます。が、行く先の突然の吹雪!彼らは、運よく目の前に表れた干草の山の中にもぐりこみます。
少年は、干草の山を見たとたん、「助かった!」と察したあたりが、田舎のこどもならではなんです。真っ暗な干草の中から、ほんの少し窓をくりぬき待機します。やぎは、四方に囲まれた干草を食べ、少年はヤギの乳を飲み、生と死の境にあってまどろみます。それは、弱さの只中にある互いが、温められ干草に抱かれて、至福の世界を体験した三日間でした。やぎは、干草を用意してくれた少年に感謝するように、いななき、少年は、やぎの乳で養われる。二人は、全く愛の関係で結ばれて生かされたのです。1978年ノーベル文学賞を受賞したシンガーは、ヒトラーに一掃されたワルシャワの少年時代の生活を、また、彼らの伝承物語を、ユダヤ人社会の言葉、イディシュ語で蘇えさせました。それは、あの大戦で多く死んでいった同胞を文学の上に生き返らせ、彼らを亡き者のままにさせないためです。「よろこびの日」(岩波少年文庫)も、文学性が高く(!)ユダヤ人の精神生活を知らせる貴重な記録としても面白い本です。「やぎと少年」。この愛の物語を吹雪を追体験しながら、この冬に読んでみませんか?難しいと思われても、年中さんからでも十分、読み聞かせてやるとよく聴けるはずです。


















大好きです。
行ってみたいな〜。