同窓会 ともだち100人!

20080629231719.png毎年開かれる、1年生から6年生までの敬愛幼稚園の同窓会。

今年は、最後の6年生なのに、塾があって、残念!という返事もたくさんありました。

このホールに100人が、どうやって、満喫して遊ぶかは、先生の腕の見せ所。学年チームに分かれてゲーム。写真は、一年生チーム。外側の円に座るこどもたちは、自分の学年の順番を待つだけでなく、観客になっても大笑い。
小学校に分かれて、グループを作ってみたら、市内の学校に散らばった卒園児の様子もわかります。

こどもたちは、いくつになっても、敬愛幼稚園の楽しかった生活の思い出を共有しているので、久しぶりに会っても、いつのまにか園児の素顔にもどれるんでしょうね。20080629231720.png礼拝堂では、ページェントの歌をどんどん、学年毎に歌いました。そう、この懐かしい礼拝堂ですよ。さすが、高学年になると、照れちゃって、忘れた振り?

でも、先生は、ちゃーんとわかってます。

異年齢が100人で、敬愛時間を共有できることって、素敵ですね。本当のところを言うと、一人来られなくなって、99人でした。
みんな、いつでも帰っておいでね☆

 
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田植えの泥んこの中にズズズー

20080629231506.png日置の田んぼ。おやじの会 主催の田植えがありました。

もち米は、冬の餅つきに使います。育てて、食す。消費生活に慣らされた親たちも、カルチャーショックをうけますね。刈り取るまでの世話をしてくださるのは?ここは、園児のお父さんの田んぼですから、孫達のために、影になって草取りをしたりして育ててくださるのでしょう。支えられて育てられる稲と私達。感謝です。
田んぼは、一番暑い盛りの夏場に水を抜き取ってしまいます。
えー!そんな、稲にとって残酷。と思いますよね。水を求めて根が張るので、台風がきても強い稲でいられるそうです。生きるって、大変なことなんですね。そして、強くもなっていく・・・
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こちら、こども達のほうは?泥んこに沈んでいます。きもちよさそうー。わたしは、おもわず、絵本「どろんこ こぶた」(アーノルド・ローベルト/文化出版局)のこぶたを思い出してしまいました。

こぶたは たべるのが だいすき、 うらにわを駆け回るのも だいすき、ねむることも だいすき。でも、なによりも なによりも すきなのは、 やわらかーい どろんこの なかに、 すわったまま、しずんで ゆく ことでした。

ね!☆ 前回のシュタイナーの人形 の欄でも紹介しましたが、教育者シュタイナーは、こどもを感覚器官として生きている。と言い当てましたね。しかも、ほぼ7歳まで。だから、泥んこを見つけて、ズズズーっと喜んで沈んでいくのは、当然。このかわいらしくて、いきいきした表情!
20080629231718_1.pngこどもは、理屈で生きていません。感覚と感触で、この世界を受け止めています。安心できる空間なのか、自分がそこに居ていいのか、愛されているのか、それら、全ても感覚で読み取っています。

大人たちは、忍耐強いお仕事お疲れ様でした。20080629231510.png
そして、こどもたちのお仕事は、泥んこに沈むことになりました。信頼できる大人たちの傍で、思う存分泥んこに満喫できた時間は、こどもの感触として記憶されていくんでしょうね。
最後は、お決まりの、親に泣きついて、おしまい。
しっとりとした、昼下がりの良い日でした。

 
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シュタイナーの人形☆

20080624222029.png3人のお人形が、幼稚園に仲間入りしました。さっぱりお風呂に入り、お洋服も全部、先生に洗ってもらいました。すっかり、彼女たちが乾くまで、こどもたちは、あそぶのは待っていてくださいね。ローラースケート靴もあります。リュックサックも干してありますね。

教育者シュタイナーによる人形なのです。「こどもは、感覚器官そのもの。」と提唱したシュタイナー。そして、この感覚を磨くのは、7歳までなのだそうです。
いかに幼児期が大切かを知っていた教育者です。自然の素材で作られたシュタイナーの人形は、こどもたちが、いつでも自分の分身として抱っこして、一緒にお風呂もはいれるのです。中は、綿がつめてあり、柔らかいジャージ綿で覆われています。髪の毛は羊毛。自然にもっとも近い存在である幼子にとって、自然素材を与えることは、彼らの身体と心を安心させます。

わたしは、もう結婚した娘にシュタイナーの人形を手作りしてあげたことがあります。シュタイナーに傾倒していた友人と、自分のこどもたちのクリスマスに間に合わせようと、せっせと作ったんですね。特に人形の顔の表情は、作る人によって違うのが面白いですよ。人形に着せたワンピースは、わたしの古いスカート解いて縫ってやりました。柔らかくて、温かみのある人形に仕上がりました。もし、ご自分のこどもにも作ってやりたい、と願う方があれば、一緒につくりましょうか?

ところで、幼稚園にやってきたお人形は、こどもの遊び文化に関わってこられたKさんからのプレゼント。おままごとのカーテンの屋根をつけたり、絵本をたくさん寄贈してくれたり、おままごとの引き出しの壊れを修繕してくださったり。鳥小屋を取り付けてくださったり。見えないところのお仕事がいっぱいある幼稚園で、こどもたちが、いかにすてきな環境で過ごせるかと、いつも、チョコっと幼稚園に立ち寄っては気を配ってくださるKさんが、こんどは、素敵な3人娘を抱えてきてくださいました!それで、わたしも、娘に作ってやった人形を思い出したわけです。

 
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お預かり保育のおやつは、手作りパン☆

resultCIMG0758.png今日のお預かりキッズ のおやつは、手作りパン。ウインナーパンに、チーズパン、あんぱん。

ずーっと何年にも亘って、教会と幼稚園でパンを焼き続けてくださる厨房スタッフのMさんのご指導のもとに、教会のボランテアで作る日でした。

厳選された小麦粉と本物のバター(たっぷり)、あんこも、Mさんがたくさん小豆から煮てくださいます。こんな食へのこだわりが、普段の給食にも生きているのですね。

こどもたちも、厨房から上がってくる焼き立てのパンの香りの中で遊んでいます。今日、お預かりでなかったこどもは、残念でした!又来月は7月4日が、パンのおやつの日になりまーす。

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フレデリック

resultCIMG0446.jpg絵本の紹介では、レオ・レオーニーが続いています。
今回は フレデリック 
詩人のねずみの話です。

他のねずみの友達は、冬に備えて、食料を蓄えて働いています。でも、フレデリックだけは、じっと瞑想に耽るばかり。
「どうして、きみは働かないの?」
と少々、いらいらして聞いてくる友人たち。でも、フレデリックは、「こう見えても働いているよ。」って。ある日は、お日様の光を集めるフレデリック。ある日は、色を集めるフレデリック。又、ある日は、言葉を集めるフレデリック。そして
resultCIMG0448.jpgとうとう、本番の冬がやってきて食料も底をついてくると、みんなの心までが寒々してきます。そこで、フレデリックの出番となるのです。「目をつむってごらん。お日様をあげよう。」友人たちは、いわれるままにすると、金色の光を感じていきます。あれ?これは魔法だろうか?お次は、色彩。冬は灰色なのに、みんなの心にはフレデリックの集めた太陽の下で輝く鮮やかな色彩が思い起こされていくのです。いよいよ、最後は、フレデリックの集めた言葉による、詩が披露されました。
ひもじく、貧しい冬の生活の中でも精神の豊かさが保障されていくのです。友人たちは、フレデリックの詩人である働きに拍手喝采!見えないものを感じ取れる感性の豊かさは、その人の人生を何倍にも豊かにしていくんですね。そして、単調なブルーにもなる日常生活のなかに、些細な喜びを見出せる人は幸せな人でもあります。
余談ですが、みなさんご存知ですか?アウシュビッツの強制収容所で生き延びた人の証言によると、夕焼けの美しさを美しいと感じて、ふと現実の過酷さを離れることのできる精神の持ち主だったり、監視の兵隊が演奏しているバイオリンの音色が、夕暮れの風に乗って聴こえてきた時、聴き入って、疲れきった自分の魂を慰めることのできた人が、同じ条件の中でも生き残っていかれたということ。なによりも、自分には愛する家族が待っている!と希望を失わなかった人が、一日一日を生き延びたことを。(ー夜と霧ーフランクル著 みすず書房 より)

それにしても、このねずみの友人たちも、たいしたものだと思いませんか?フレデリックに誘導されながら、ちゃんと太陽の暖かさを感じ取れたし、色彩を心の目でみることができたのですから。働きながらも、日々の景色を身体でうけとめていたんですね。

こども時代をこどもらしく遊びこんで、ちゃんと生きていることは大切です。早くから、こどもを大人の合理性の生活に押し込めることはありません。いくつになっても、こどもであり、詩人である自分をのこしておきたいものです。感性の豊かさや想像力という、遊びのある自分が、行き詰った自分を助けたり、周囲の人を笑わせ、励ましたりするものです。スイミーに並んで、この作品も、レオ・レオニーらしいと思いませんか?

 
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光というやさしさ☆

resultCIMG0531.jpg親子参観の日に、おやじの会から、挨拶がありました。会長さんが敬愛幼稚園のことを、「5つの光が差し込んでいる、幼稚園」と表現されました。

☆緑豊かな木漏れ日のあたる幼稚園
☆甲突川沿いからやさしく照らす夜の街灯の光
☆礼拝堂に差し込む、ステンドグラスの光
☆先生のこどもたちへのやさしさという光
☆お母さん達の愛情という光
  
  言い当てて妙なり!
そして、そこに おやじたちも光として加わりたい、と宣言されました。
会長さんの言うとおり、不思議な園庭です。不思議な幼稚園です。心静まる礼拝堂です。卒園された保護者たちも、声を揃えて言うのです。この園庭に入ると、こころが癒されていくらしい。この空気を敬愛時間って、とりあえず呼んでいるお母さん達もいます。

どの人の心の中にも、やさしくなれる素直な自分を取り戻す空間は、なくてならないものです。ただいまーって、かえってこられる心のホーム。blogDSCF3794_3.jpgどうぞ、敬愛時間を親子で存分に味わってください。
どなたでも、どうぞ。

 
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家族参観 親子で遊んだよ!

20080615001649_1.png今日の土曜日は、親子参観。お父さんたちが椅子になってのフルーツバスケット、またはイス取りゲーム。
何がおかしいかっていうと、こどもたちは、自分のお父さんでなくては、居心地悪そうに座っていること。
はじめは、どの子も自分の父親の膝をめがけて座っていました!お父さんのイスが次々に限られてくると、勝ち残ったこどもは、仕方なくお友達のお父さんの膝に座ります。

お互いの紹介ゲームでは、親子同士でお友達の情報を聞き取って、紙に書いていきます。普段幼稚園にこられないお父さんも、こんなチャンスにどんな親子と育ち合っているのかを知る機会です!
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ロウソク立てを親子で作りました。おやじの会のみなさんが、あらかじめ、骨組みしてくれていたので、和紙を張って、こどもが色とりどりの絵を描きました。
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ほら☆!素敵でしょ。今晩はどこの家庭でも、明かりがほんのり点っているかもしれませんね。おやじのボランテイアのおかげです。 

先生のピアノに合わせて、親子でゲームをしたり、楽しい日でした。卒園時のこどもたちも、園庭で思いっきりあそびましたね。園庭を知る尽くしている、卒園児は、カニ取りをはじめましたよ。そう、敬愛幼稚園は、甲突20080615001518.png川の傍。カニをいっぱい見つけられる幼稚園なのです!!カニ情報は、またの機会に☆
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スイミー☆

resultCIMG0443_2.jpg絵本の紹介 のコーナーでは、このところ、レオ・レオーニーを続けています。この「スイミー」は、みなさんが一番よくご存知かもしれません。レオ・レオーニーの初期に描かれた傑作です。作者の生きた時代は、第二次世界大戦の前後。イタリアでファシズムと戦かったレオ・レオーニーは、家族を連れてアメリカに亡命します。アメリカでも画家として認められ、ニューヨーク近代美術館で個展を開くまでになりますが、1950年から54年にかけての赤狩りで活動できない辛い時期もありました。やがて、デザイン界でも名誉を受け1955年に「あおくんときいろちゃん」を出版します。それから、彼は、絵本作家として世界に知られるようになっていきます。「スイミー」を出版したのは1967年。その後、「フレデリック」というねずみの絵本も発表しました。
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さて、「スイミー」ですが、過酷な時代が描かれています。大きなマグロが小さな魚たちを飲み込み、スイミーだけが生き残るのです。まるで、第二次世界大戦の悲劇をあらわしているようです。そして、わたしたちの世界というのは、いつでも強い権力や勢力に押される弱者が悲鳴をあげています。その中でいきのこったのが、スイミーなのです。スイミーには、使命があります。生き残ったものに与えられている大きな仕事があります。でも、それを自覚するまでには、スイミーはたくさんの旅をしなければなりません。「スイミーは、およいだ くらい うみの そこを。こわかった、さびしかった、とても かなしかった」自分を癒すための旅。自分自身に出会い、本当の自分らしさを発見する旅を泳ぐのです。そのうちスイミーは、美しかったり、面白かったりするものにたくさん出会い元気を取り戻します。この絵本の肝心な場面は、実はこの旅の部分です。水彩の透明度の高い流れるような絵の具の美しさをごらんください。にじいろの ゼリーのような くらげ。スイミーは、弱くちっぽけなだけでなくなり、本物を見分ける(本質)先駆者という目をやしなっていくのです。弱くされたものが、本当の事柄を感じ取れるのです。
resultCIMG0445_1.jpgやがて、自分と同じ小魚が岩の陰にかくれているのに出会います。残念ですが、彼らは、大きな魚がこわくて、世の中に出てこられないのです。わたしたちの日常にも良くある光景ですよね。でも、スイミーは、仲間たちを外の広い世界へと誘い、めげません。昔の逃げ惑っていただけのスイミーではなくなっているのです。スイミーは、共に、本当の平和を築くために、弱い者たちも生き延びていくにはどうしたらいいのかを思索してきたのでしょう。知恵を身につけたスイミーは、赤い小魚の大群の中にまじって、自分は目となり、みんなで大きな魚の格好をして泳ぎ、大きな魚を追い出すことに成功して、話はおわります。
本当のことを見極める 目 というのは、コミュニテイにとって重要なことです。こどもたちは、美しいものや、本当の思いやり、愛に抱きしめられて、知恵者と育っていくことでしょう。それには、弱者の視点からモノをみる姿勢が大切です。そこには本当のやさしさの感性が寄り添っているからです。でも、絵本には、ちっともそんな理屈は描いてありません。作品から、ほんのりとそれが感じられれば充分ですし、そのはず、世界中のこどもたちが、「スイミー」をうけいれてきたのですから。

 
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さかなは さかな

resultCIMG0449.jpgじぶんは、さかな なのに、蛙のまねをした さかな のはなし です。

たしかに、オタマジャクシは、こざかな と一緒に水草の間を泳いで仲良しだったのだから、自分のことを、魚だと思い込むでしょう。そう、はじめのうちはよかったのです。

ところが、時がたつうちに、オタマジャクシの足が生え、蛙になっていくのです。
「みろよ、ぼく かえるに なった!」と自慢する蛙の横で、「ばかな。・・・ゆうべは ぼくみないな こざかなだったのに もう かえるだなんて!」と反応して、ショックをかくせない、魚。二匹は、さんざん言い合った挙句、オタマジャクシの最後の一言。「かえるはかえる、さかなは さかな そういうことさ!」
そして、何週間かたつと、オタマジャクシには、小さな前足が生え、尻尾が小さくなって、本当のかえるになっていきます。つまり、かえるは、水からあがって岸に這い上がっていく日が来たのです。

resultCIMG0450.jpgさて、残された魚は、友達のことばかり考えています。
そのうち、広い世の中を見てきた蛙が、水の中に飛び込んできて、今まで見たこともなかった陸地での生き物のことを話して聞かせます。魚は、自分も、見たことのない世の中に出たくてたまらず、尻尾の一振りで陸地にあがってしまいます。ところが、たいへん!魚の息はあえぎ、彼は、呻きます。そこを、友達の蛙が発見。無事、魚を水中に戻してやりました。

死に物狂いの冒険を犯した魚は、水に入ったとたんに息を吹き返し、自由自在に動ける、本当の自分の居場所を再確認するのです。魚の帰るべき居場所は、水の中であり、その世界の美しいことを、心から知ったのです。そして、魚は、友達の蛙に微笑みかけて、「君のいったとおりだよ。さかなはさかなさ。」と柔和に認める、というおはなし です。
作者のレオ・レオーニーは、絵本のテーマに、自分さがし、自分っていったい何者?ということを問い続けています。わたしたち、みんな、こうやって、自分をたしかめながら生きていますよね。

 
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6月のバナナ坊や☆

resultCIMG0659.png今日は、6月の誕生会。今月の誕生日はN君一人でした!それで、N君がバナナに扮して、バナナの歌が披露されました。♪バナナが一本ありましたー。。。。。ばななん、ばななん、ばーなーな♪ でおなじみのあのバナナの歌です。それで、♪ばななが つるっと とんでった、ばななーはどこへ 行ったのか?♪ の節では、N君が、ササッとピアノの後ろに隠れるのです。黄色い洋服も、さてはバナナに変装ですね。
こどもたちは、大喜び!まだ幼稚園に入りたての桃組みのこどもたち(満3歳児)も、この歌で心から満足に笑っていました。

resultCIMG0662.pngそのあとは、先生たちからのお話のプレゼント。ヤダッっとちゃん、が主人公。♪ヤダ ヤダ ヤダ ヤダ ヤダっとちゃん♪のこどもたちもおなじみの節は、みんなで歌って、お話がすすんでいくんですよ。

真ん中で観劇している冠をかぶっているのが、今日の主役のN君。みんなからお祝いされて、お誕生日、おめでとう!

 
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